こんにちは。
相馬一進(そうまかずゆき)です。
「相馬さんは、コピーライティングがうまいですね」
と、以前言われたことがあります。
コピーライティングとは、
メールマガジンやブログ、販売ページに書いてある
「文章」のこと。
褒めていただけることは光栄なのですが、
私としては、「そうかなあ」と懐疑的です。
なぜなら、私よりもコピーライティングが
うまい人はたくさんいるからです。
それに、メールマガジンでは
コピーライティングのテクニックは、
ほとんど使っていないからです。
そうですよね?
この文章だって、最初からここまで
何もテクニックらしいテクニックは使っていない。
たんたんと、カチカチと、タイプしているだけの文章です。
一体、どこが上手いの?
そう思っています。
しいて言うなら、改行を多めにとって、
読みやすくしているくらいです。
ただ、1つ言えることはあります。
それは、本当に伝えたいメッセージを書くときは、
腹から言霊にするということ。
腹から出した言霊は、相手の腹に落ちます。
例え、コピーライティングのテクニックを
全く使っていなくても。
頭で考えた言霊は、心を動かすことはありません。
例え、コピーライティングのテクニックを
駆使して書いたとしても。
その証拠に、特攻隊の遺書を読んでみて下さい。
これ以上の言霊は、私には紡げません。
▼特攻隊の遺書
戦いは一日一日と激しさを加えて参りました。
父母上様、長い間お世話になりました。
私も未だ十九才の若輩で、
この大空の決戦に参加できることを、
深く喜んでおります。
私は潔く死んでいきます。
今日の海の色、見事なものです。
決してなげいて下さいますな。
抑々海軍航空に志した時、真っ先に許され
そして激励して下さったのは、
父母上様ではなかったでしょうか。
既に今日あるは覚悟の上でしょう。
私も魂のみたてとして、
ただただ大空に身を捧げんとして予科練に入り、
今日まで猛特訓に毎日を送ってきたのです。
今それが報いられ、日本男子として
本当に男に花を咲かせるときが来たのです。
この十九年間、人生五十年に比べれば短いですが、
私は実に長く感じました。
数々の思出は走馬燈の如く胸中をかけめぐります。
故郷の兎追いしあの山、小鮒釣りしあの川、
皆懐かしい思出ばかりです。
しかし父母様にお別れするに当たり、
もっと孝行がしたかった。
そればかりが残念です。
随分暴れ者で迷惑をおかけし、
今になって後悔しております。
お身体を大切に、そればかりがお願いです。
親に甘えた事、叱られた事、皆懐かしいです。
育子、昌子の二人は私の様に
母に甘えたり叱られたり出来ないかと思うと
かわいそうです。
いつまでも仲良くお暮らし下さい。
私も喜んで大空に散っていきます。
平常あちこちにご無沙汰ばかりしておりますから、
何卒よろしくお知らせ下さい。
お願いします。
御身大切にごきげんよう。
神風特別攻撃隊 大和隊員
一飛曹 塩田 寛 19才
昭和19年10月26日 レイテ沖にて特攻戦死
どうでしょうか?
この遺書にしても、テクニックらしいテクニックは
ほとんど使われていません。
しかし、これほど人の心を打つ文章はないでしょう。
コピーライティングのテクニックでは
超えられない壁がここにあるのです。
腹からメッセージを出せないうちは、
コピーライターとしては二流ですよね。