こんにちは。
相馬一進(そうまかずゆき)です。
コミュニティが引力を持つために、重要なポイントは
「そのコミュニティの中心となるコンテンツ(内容)を
解釈したり、実践したりするのがむずかしいこと」
だと私は思っています。
たとえば、『君の名は。』という映画があります。
あの映画が盛り上がった理由の1つは
ストーリーが少し解釈しにくいことですね。
「このストーリーはどう解釈すればいいのだろう?」
という疑問が生まれ、そこに引力が生まれたのです。
コンテンツを理解しにくければしにくいほど、
答えの出ない問いを喧々諤々(けんけんがくがく)と
話し合うことになるからです。
逆に言えば、すぐに解釈できてしまうコンテンツや
すでに実践されてしまったコンテンツでは
引力が生まれません。
「フェルマーの最終定理」は1995年に証明されたため、
これを証明しようという数学者のコミュニティは
すでに消滅してしまいました。
フェルマーの最終定理が証明されるまでは
コミュニティの引力が非常に強かったのですが、
証明された後は引力がゼロになったのです。
今日の結論。
「コンテンツはわかりやすいほうがいい」
と言っている人がいますが、そういう人は視点がとても低い。
あらゆる宗教の経典をめぐって、
いまだに多くの人が話し合っているのは
解釈しにくく、実践しにくいからなのです。
わかりやすいコンテンツでは、
コミュニティの引力は生まれません。
簡単に実践できる「悟り」には、「悟り」の価値がない。
「悟り」は、凡百が悟れないからこそ引力を持つのです。