こんにちは。
相馬一進(そうまかずゆき)です。
スピリチュアル系の自己啓発だと、
「世の中には偶然はない。あるのは必然だけ」
といった事が大真面目に語られています。
これは、「思考は現実化する」と同じように
ただの嘘ですね。
はっきり言って、噴飯物(ふんぱんもの)です。
こういったことを言うセミナー講師は、
残念ながら哲学などの教養がない人なのでしょう。
少し考えてみると、結論はおのずと出てきます。
「世の中には偶然はない。あるのは必然だけ」
というのは、もともと運命が決まっているという
「決定論」ですよね。
そして、その「決定論」の反対は何かというと、
「思考は現実化する」というように、
自分の運命は変えられるという「自由意志」です。
この決定論 vs 自由意志という二項対立において
そのどちらだけを信じなければならないという、
レベルの低い話になっているわけです。
本当に馬鹿げている。
この点については、私も言い方を変えて
何度もブログに書いてきていますが、
私の持論はこうです。
世の中には、人知の及ばない、大きな自然の力によって
人生が決まってしまう部分もあるし、
それと同時に、人生を切り開ける部分もある。
すなわち、完全に自由意志によって
人生を切り開けるわけではないし、
完全に運命が決まっているわけでもない、ということです。
言い方を変えると、それらはコインの表裏の関係で
両立しているということです。
人知の及ばない自然の力があるからこそ、
人は自分の自由意志によって、
思考を現実化させたいと望むのです。
しかし、強く望んだところで
すべての思考が現実化するわけではない、
ということに私たちは気づいています。
つまり、人生には運命論に該当する部分が
あるということになります。
その二項対立のどちらかだけを切り取って、
「思考は現実化する」だの、「偶然はない」だの
そう断言するのはナンセンスですね。
そして、それを断言することによって
多くの人を傷つけているのです。
もし仮に、100%例外なく思考が現実化するのであれば、
たとえば、東日本大震災の死者は例外なく、
自分が命を落とすことを望んでいたのでしょうか?
あるいは、あの震災で亡くなった死者は、
偶然ではなく、運命だったのでしょうか?
ふざけるな、と言いたい。
そんな人を傷つけるようなことを
遺族の前で口にできるのでしょうか?
もし人を導くセミナー講師なのであれば、
人を傷つけるようなことは言うべきでないし、
どうしても人が傷つくのであれば、
それ以上の明るい未来に連れていかなければならない、
これが私の信念です。
いずれにせよ、「思考は現実化する」、
あるいは「偶然はない」と断言しているような人間には
私はついていきたくはありません。
倫理がない愚か者についていけば
地獄に落ちることは歴史が証明しています。